映画『十二人の怒れる男』裁判員制度の難しさ

映画

(この記事は一部ネタバレを含みますが、ラストのネタバレはありません)

 

映画「十二人の怒れる男」

私はこの作品のあらすじを見たとき「白黒映画で法廷ものなんて観ていてすごく疲れそう。90分でも長く感じそうだな」と思っていました。
しかし、いざ観てみるとこれが面白い。「答えは明らか」という雰囲気が少しずつ変化していく様子は痛快です。結局、最後まで一気に観てしまいました。まさに「軽く観始めたら最後まで観ちゃった」となる作品のひとつです。

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法廷もの 逆転劇 裁判員制度




十二人の怒れる男 トレーラー

作品情報

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作品名
(原題)
十二人の怒れる男
12 Angry Men
製作年 1957年
製作国 アメリカ
上映時間 96分
監督 シドニー・ルメット
主演 ヘンリー・フォンダ

あらすじ

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十二人の陪審員たちが殺人事件の評決を任された。被告人は18歳の少年、被害者はその父親。目撃証言もあり、凶器のナイフは少年のもの。誰がどう見ても少年が犯人なのは明らか。有罪となれば、少年は電気いすに送られる。こうして、審議が始まるが、部屋は蒸し暑いのにエアコンもない。さっさと終わらせたいという空気の中、全員一致で有罪ということでお開きになるはずが、ひとりの男が無罪を主張する。そして、この男の熱意ある訴えが、有罪を信じて疑わなかった陪審員たちの心境に変化を生み出すこととなる。

登場人物紹介

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1番陪審員:陪審員長を務めるフットボールコーチ。

2番陪審員:眼鏡をかけた気弱な銀行員。

3番陪審員:宅配便会社経営者。頑なに有罪を主張する。

4番陪審員:株式仲介人。論理的な思考で議論を展開させる。

5番陪審員:スラム街育ちの工場労働者。

6番陪審員:塗装工。老人を労る情に厚い人。

7番陪審員:野球観戦を予定しているため、人一倍時間を気にしている。

8番陪審員:建築家。最初に被告人の無罪を主張する人物。

9番陪審員:もっとも年長の老人。鋭い観察眼を持つ。

10番陪審員:風邪気味。差別意識を丸出しにして有罪を主張する。

11番陪審員:時計職人。陪審員としての責任感が強い。

12番陪審員:広告代理店勤務。意見をころころ変える。

この作品、ほとんどの陪審員の名前が最後まで明かされません。それでも、見た目だけでどんなキャラクターなのか、なんとなくわかるようになっています。そして、陪審員それぞれの個性が際立っており、観ていて「この人の意見には賛成できるな」とか「この人自分にそっくりだな」と思える瞬間があります。

ひとりの勇気が流れを変える

陪審員の審議の流れとしては「どう見ても少年が犯人だし、部屋暑いし、面倒だから有罪で終わりにしていいよね」となり、本来なら5分で終わってしまったことでしょう。しかし、8番陪審員(演:ヘンリー・フォンダ)がひとり無罪を主張することで、物語が動き出します。

全員一致の評決でないと審議を終えられないため、有罪を主張する者の何人かは苛立ちを隠せません。そんな中、8番陪審員が言い放ちます。

「人の生死を5分で決めて間違っていたらどうするのか」

こうして、陪審員たちはやむなく審議を続けることとなりますが、審議を重ねていくと、揺るぎないと思われていた物的証拠や目撃証言に、裁判で触れられることのなかった矛盾点が多々含まれていたことに気づきます。徐々に陪審員たちの心は揺さぶられていき、有罪か無罪かの投票をおこなうたびに、無罪を主張する者が少しずつ増えていきます。じわじわと有罪派が劣勢に立たされていく展開は見事です。

被害者である父親に感情移入して有罪を主張する3番陪審員、論理的な視点から有罪であると結論づける4番、被害者がスラム育ちであり不良だからという偏見丸出しの理由で有罪とする10番など・・・。有罪を主張する側にもそれぞれの性格がはっきりと出ています。

12人全員が主役だけれど

最初に無罪を主張した8番陪審員は非常に魅力的なキャラクターです。ひとり真っ白なスーツを着て、他の者が与太話をする中、審議が始まるぎりぎりまで窓の外に目を向けています。冒頭から「彼は他の者とは違うぞ」という雰囲気を醸し出しています。

そして、ほかに特筆すべき人物は被告人と近い年の一人息子がいるという3番陪審員でしょう。3番陪審員は最後まで頑なに有罪を主張します。立場がどんなに悪くなっても決して意見を変えません。論理もだんだん破綻していきます。強情なやつだなと思ってしまいますが、最後に、なぜ彼がここまで有罪にこだわったのか、その理由が明らかにされます。彼の絞り出すような声で言うセリフが、とても印象的です。

人を裁くことの難しさ

裁判員制度は日本でも以前よく話題になっていましたね。実際に陪審員に選ばれたことがあるという方もいるのではないでしょうか。そして、誰もがいつ陪審員に選ばれるかわからないからこそ、この映画は一度鑑賞してほしい作品だと思います。

人は思い込みで物事を語ったり、人目や評価を気にして話を誇張したり、大げさに捉えて発言してしまうことがあります。証言台の上であってもそれは同じなのかもしれません。たとえ、被告人の命のかかった裁判であったとしても「目立ちたい、人によく見られたい」そんな理由で不確定なことを証言してしまうことがあります(作中でも語られていますが、彼らは嘘をついているつもりはないのです)。

ですが、犯行現場の向かいに住んでいる人物が「犯行の瞬間を目撃した」なんてはっきり言おうものなら、誰だって信じてしまいます。そして、弁護士が「勝ち目が薄い」という理由で熱心に弁護を行わなかったとしたら、陪審員を含め「有罪で間違いない」という確信が生まれていきます。

本来ならば、思考から答えを導き出すべきなのに、答えありきという意識が人間の思考を鈍らせ、証拠の矛盾点の見落としなどにつながってしまう。

人は完璧ではないが、人を裁かなくてはならない。この難しさを思い知らされた気がします。自分の心の中に8番陪審員のような存在を常に持つようにすることで、生き方が変わってくるかもしれません。

最後に

たったひとつの部屋を舞台に、ここまでの名作が作れてしまうのかとただただ感動してしまいました。90分という短い時間の中で、畳みかけるように次々と話が展開していくので、飽きる暇なんてありません。推理ものや白黒映画に苦手意識を持っている人にもおすすめです。