アルキメデスの大戦は実話に基づく戦史映画。観た感想と知っておくとより楽しめることを調べてみた【戦艦大和はなぜ造られた?】

映画

(この記事は一部ネタバレを含みます)

 

アルキメデスの大戦が7月26日に全国で公開されました。

私もさっそく観てきましたが、とても面白く、暑い中わざわざ劇場に足を運んだ甲斐がありました。

1930年代、戦艦大和建造を阻止すべく、若き天才数学者が立ち上がるストーリーですが、数学や軍事の知識がなくても十分楽しめます。

菅田将暉や舘ひろしの迫真の演技に魅了されること間違いなしです。

この作品は戦艦大和の建造から沈没という実話に基づいているため、大和について事前に知っておくとより作品を楽しめることをまとめてみました。



『アルキメデスの大戦』について

キャスト・監督・原作

本作の主人公、東京帝国大学(現:東京大学)数学科の元学生で、100年に一度の天才と称される櫂 直(かい ただし)を演じるのは、歌手としても活躍している菅田 将暉

軍人役では、日本海軍を代表する司令官 山本五十六(やまもと いそろく)を演じる 舘 ひろしをはじめ、 國村 隼田中 泯橋爪 功 といった豪華俳優陣が名を連ねています。

監督は『ALWAYS 三丁目の夕日』や『永遠の0』といった話題作を生み出してきた山崎 貴。『アルキメデスの大戦』と同時期に公開される映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の監督も務めています。

原作はヤングマガジン(講談社)で連載されているマンガです。2019年7月現在、16巻まで発刊されています。


アルキメデスの大戦(1) (ヤングマガジンコミックス)

あらすじ

1933年(昭和8年)、国際連盟を脱退した日本は国際的に孤立し、欧米列強との対立は日に日に増していた。戦争の足音も近づいてくるなか、海軍は仮想敵国アメリカに対抗すべく、新型巨大戦艦の建造計画を進めていた。

海軍少将の 山本 五十六(演:舘 ひろし) は「戦艦の時代は間もなく終わり、空母(すなわち航空機)の時代が来る」という自論を持っており、戦艦ではなく空母を建造すべきと訴える。

水野中将(國村 隼) も山本の意見に賛同し、戦艦建造推進派の 平山中将(田中 泯)や 嶋田少将(橋爪 功) と対立する。

海軍の中では、戦艦は海軍の象徴・花形であるという意識がいまだ根強く、艦隊決戦(軍艦同士の撃ち合い)へのこだわりの強さや、平山中将の提示した新型戦艦が、山本の提示した空母よりも安い建造費で済むという試算も、最終決定権を持つ 海軍大臣 大角(小林 克也) の支持を得ていた。

新型戦艦の建造が決定的になりつつある中、山本は 新型戦艦がその巨大さの割に建造予想費が安すぎることに目をつける。

実際の建造費を叩き出し、戦艦推進派の不正を暴くことができれば、状況を覆せるのではないかと考えた山本は、偶然知り合った天才数学者 櫂 直(菅田 将暉) に協力を呼びかける。

櫂は大の軍人嫌いだったが、山本の説得で協力を決意。山本は歓迎し、田中少尉(柄本 佑) を付き人として従わせる。

櫂に許された時間は、最終決定会議が開催されるまでのわずか2週間。しかも、新型戦艦の情報は戦艦建造推進派が握っており、手に入れることはほぼ不可能。そんな状況の中、櫂はとんでもない行動に出る。

感想

人物相関は「戦艦推進派 平山・嶋田」VS「空母推進派 山本・櫂」というシンプルな構図なので、非常にわかりやすいです。

軍人を演じるのは貫禄がある俳優ばかりなので、会議のシーンでは、緊迫した雰囲気が伝わってきます。互いに譲らず、まさに砲撃戦のような熱いやり取りが見ものです。

は「数字は嘘をつかない」という信念を持ち、数学的知識には絶対の自信を持っています。

常に巻き尺を持ち歩いており、気になったものは何でも測らずにはいられないという変わった気質の持ち主。

おちゃらけた部分もある一方で、与えられた責務を果たすため、必死に机に向かって作業に当たるというギャップに惹かれます。

もはや暗号のような数式をスラスラと書いていくシーンはかっこよく、まさに「ペンは剣よりも強し」を体現した人物と言えます。

そんな櫂を演じる菅田将暉さんの演技が絶妙なんです。

櫂を一言で表現すると「小生意気な天才」なんですが、まったく憎めないんですよね。これは菅田さんの演技あってこそだと思います。

「いま何か頭の中で数式とかが羅列されてるんだろうな」と思わせるような、どこかを見ているようで見ていない目の演技がお気に入りです。

とりわけ、ラストの ある人物との対話シーンは一気に引きこまれました。

 

そんな櫂と 付き人である田中少尉のデコボココンビにも注目です。

田中少尉は山本 五十六の付き人として運転手などを務めており、軍の規律を尊重し、上官には絶対服従の生真面目な軍人です。

しかし、櫂が山本への協力を決めるや否や、山本は彼に少佐の階級(少尉よりずっと上の階級)を与えてしまいます。そして、付き人として田中を従わせます。

田中としては、どこぞの若造がいきなり現れたかと思うと、尊敬する山本から自分より上の階級を与えられた挙句、自分はその付き人を命じられるのですから、納得がいきません。しかし、山本の命令とあっては不満を漏らすわけにもいかず、渋々務めを果たします。

軍人嫌いを公言する櫂は田中とは対照的な性格。上官に対しても臆することなく言いたいことを言う無鉄砲な性格です(野暮なツッコミですが、当時の社会だと普通に軍法会議にかけられて逮捕されるレベル)。

田中は櫂の態度に苛立ちを隠せませんが、櫂の天才的思考や大胆な行動を目の当りにすることで、だんだんと心境に変化が生まれていきます。

 

櫂が数学の家庭教師をしていたときの教え子である 尾崎鏡子 の存在感もよかったです。

演じているのは 浜辺美波さんですが、まさに令嬢という言葉がふさわしい立ち振る舞いで、いかにも昭和美人という感じが出ていて素晴らしかったです。

軍人ばかりの張りつめた空気が続く中、紅一点である彼女の存在はひとつの癒し。

美しいだけではなく、彼女は物語を大きく動かす重要人物でもあります。

 

ネット上の評価もかなり高い作品です。

Yahoo! 映画 4.15点 (5点満点)
レビュー数 約1,000
Filmarks 4点 (5点満点)
レビュー数 約1,000
映画.com 4点 (5点満点)
レビュー数 約130

※ 2019年7月時点

戦闘シーンはある?

冒頭で、戦艦大和が沈んだ 坊ノ岬沖海戦 が描かれます。

メモ坊ノ岬沖海戦

太平洋戦争末期の1945年4月に起きた、戦艦大和とアメリカ軍の戦闘。

大和は沖縄へ向かう途中、数百機のアメリカ軍機の猛襲を受け、沈没。3,000名以上の乗組員が運命を共にした。生存者はわずか276名。

CGはかなりの迫力で、大和の重量感や威圧感が見事に表現されているのが印象的。

海面や水しぶきといった水の表現も違和感なく鑑賞でき、大和が横転して沈んでいくときの絶望感もかなりのものでした。

ついに日本映画もCGでこれだけのものが作れるようになったんだなあ、とうれしく感じました。

大和は、アメリカ軍の空母から発艦して襲来してきた無数の航空機を前に、為す術なくその巨体を傾かせます。

大和が撃墜できた敵機はわずか3機とも言われており、まさに戦艦時代の終えんと空母時代の始まりを告げる戦いでした。

われわれ視聴者はそのような現実を視覚的に印象付けられたうえで、時代は1933年にさかのぼり、戦艦推進派と空母推進派の対立を見ていくことになります。



戦艦大和ってなに?

事前に知っておくと より作品を楽しめそうなことを調べてみました。

世界最大の戦艦

戦艦大和は日本海軍が建造した世界最大の戦艦です。いまも軍港として有名な広島県の呉で建造されました。


出典:Wikipedia 大和(戦艦)

 

当時建造された他国の戦艦と比べても、そのスペックは群を抜いています。

名称 戦艦
大和
戦艦
アイオワ
戦艦
キング・
ジョージ5世
戦艦
ビスマルク
建造国 日本 アメリカ イギリス ドイツ
進水年 1940年 1942年 1939年 1939年
全長 / 全幅
(おおよその数値)
263m / 39m 270m / 32m 227m / 31m 250m / 36m
主砲 46cm 3連装砲
×3
40.6cm 3連装砲
×3
35.6cm 4連装砲
×2
38cm 2連装砲
×4
装甲 (船体側面)
(おおよその数値)
41cm 30cm 38cm 32cm
基準排水量 64,000トン 48,500トン 38,030トン 41,700トン
出力
(おおよその数値)
153,000馬力 221,000馬力 110,000馬力 138,000馬力
最大速力
(おおよその数値)
27ノット 31ノット 28ノット 30ノット

スペックを見る限り、速力を犠牲にして攻撃と防御に重点を置いた戦艦と言うことになるでしょうか。

どの数値も規模が大きすぎて想像できませんが、新幹線はやぶさの全長が253メートルなので、それよりも長いことになります。

排水量とは浮かんでいる船が押し出す水の量なので、排水量=船の重さと捉えることができます。

東京スカイツリーの重さが41,000トンなので、大和は1.5倍以上の重さがあります。

使用された鋼鉄の量は約6万トン。排水量と比べると、船体の約9割を鋼鉄が占めるという、まさに鉄のモンスターです。

そんな大和の最大の特徴は、46cmの主砲を9門も備えていることと分厚い装甲です。

 

大和の46cm砲弾 (左)


出典:Wikipedia 大和(戦艦)

46cmとは直径のことで、全長は約2メートルあります。重さは1発あたり約1.5トン。

最大射程距離は40キロ以上。東京-横浜の直線距離が約30キロですので、それ以上の距離を飛ばすことができるということになります。

誘導装置などはないので、命中率は低いですが、この砲弾は水中に落下しても魚雷のように水面下を走り、敵艦の喫水線下を貫くよう設計されていました。

射撃時は凄まじい爆風が生じるので、甲板上の乗員は発射前に艦内に避難しなくてはならなかったそうです。

船体側面の装甲は、46センチ砲レベルの直撃にも耐えられるほど分厚いものでした。

しかし、砲撃戦への防御を第一に考えて設計されており、喫水線下を狙われる魚雷攻撃への防御は不十分でした。

これは、大和の建造が開始された当時はまだ航空機の魚雷がそこまで脅威と考えられていなかったこと、駆逐艦のように魚雷を撃ってくる艦は近づいてくる前に沈めればよいと考えられていたからです。

 

大和は秘密裏に建造されたため、進水するまで国民の多くはその存在を知りませんでした。

太平洋戦争開戦後は、長らく日本海軍の連合艦隊旗艦(司令官が乗り込み、指揮系統を行なう艦)を務めました。

1942年のミッドウェー海戦や1944年のマリアナ沖海戦、レイテ沖海戦といった主要な作戦に参加しましたが、目立った活躍はできず、自慢の主砲を撃つ機会もほとんどありませんでした。

1945年に入ると、日本は主力艦隊の大半を失っており、もはや艦隊決戦を行なうほどの余力は残っていませんでした。大和も港に停泊する毎日が続きます。

また、石油輸入のシーレーンも断たれ、日本は深刻な燃料不足に悩まされるようになります。

大和ともなると停泊させているだけでも燃料の消費は莫大であり、このままだと燃料枯渇で作戦行動をとれなくなる可能性もありました。

すなわち、大和には死に場所が必要だったのです。

そんな中、1945年4月、大和に沖縄特攻の命が下ります。護衛は数隻の駆逐艦のみ。戦闘機の護衛はなく、まさに生きて還れない決死の作戦でした。

アメリカ軍は沖縄に展開していた空母から数百機の航空機を発艦させ、大和を攻撃します。

そして、1945年4月7日、不沈艦と豪語された大和も、幾多の魚雷・爆弾攻撃の前に力尽きました。

戦艦大和は海軍の象徴的存在であるがゆえ、戦争に負けるとなった以上沈まざるを得ない悲しい運命を背負った戦艦であったと言えます。

 

大和の同型艦に「武蔵」「信濃」があります。

二番艦 武蔵 は、呉ではなく長崎で建造されました。外見は大和とほとんど変わりません。1944年にフィリピンのシブヤン沖で米軍機の攻撃を受け沈没しました。

2015年にアメリカの実業家で、マイクロソフト社の共同創業者であるポール・アレン氏が、沈没した武蔵を発見したことで話題になりました。

三番艦 信濃 は、戦艦として建造される予定でしたが、戦況悪化による空母不足の背景から計画が変更され、空母として建造されました。1944年に日本近海でアメリカの潜水艦の攻撃を受け、沈没しました。

建造費はどれくらい?

『アルキメデスの大戦』では、新型戦艦(大和)の実際の建造予想費を暴くことが物語上重要となってくるので、数字での明言は控えますが、当時の国家収入の約1割が戦艦大和・武蔵の建造に充てられました。

そして、大和の建造には4年の歳月を費やしました。

まさに大和は国の威信をかけた国家プロジェクトだったと言えます。

ちなみに、1930年代の貨幣価値は現在と大きく異なり、当時はたった数円で家が建てられる時代だったそうです。

なぜ戦艦大和が造られた?

日本海軍はかねてからアメリカを仮想敵国と捉え、軍事力を強化してきました。

アメリカと戦争になった場合、広大な太平洋が戦場となるため、制海権の確保は重要な課題であり、強力な軍艦を建造することは急務でした。

しかし、1921年のワシントン海軍軍縮条約で、日本は戦艦を含む主力艦の保有量をアメリカの6割に制限されてしまいます。

ただでさえアメリカとの国力差があるなか、この制限は大きな痛手でした。

そこで日本は、量ではなく質でアメリカに対抗しようと考えます。そうした中、目をつけたのが北米と南米の境にあるパナマ運河でした。


©2019 Google、INEGI

アメリカは大西洋から太平洋に軍艦を派遣するには、パナマ運河を通過させる必要があります。

運河の幅は約30メートルほどなので、艦の大きさが制限されます。大きさが制限されるということは、それに比例して載せられる主砲の大きさも限界があります。

すなわち、アメリカはせいぜい40センチの主砲を搭載した戦艦しか太平洋に派遣できないと考えられました。

よって、日本はそれよりも大きな主砲を搭載できる大型戦艦を建造し、優位に立とうと考えたのです。

また、主砲の大きさに比例して弾丸の飛距離は伸びます。主砲の撃ち合いとなる艦隊決戦に固着していた日本は、アメリカとの戦艦同士の殴り合いになった場合は、より大きな主砲を持つ大型戦艦で敵の射程外から攻撃するというアウトレンジ戦法を取り、戦いを有利に進めようと考えました。

太平洋戦争が開戦すると、日本の読み通り、アメリカが実際に太平洋に派遣した戦艦は40センチの主砲を持つ戦艦でした。

しかし、アメリカとの国力差はたった数隻の戦艦で覆すことができるものではなく、太平洋という戦場はあまりにも広大で、速力のある航空機が敵艦を攻撃する主な手段となりました。

結果、大和は艦隊決戦を夢見るも、その主砲をほとんど使うことなく、圧倒的な数の航空機の前に力尽きました。

なぜ戦艦の時代は終わりを告げた?

現代では、空母は海の王者と呼ばれ、アメリカ軍の空母は1隻で小国の軍隊以上の能力を持っているとさえ言われています。

ミサイル攻撃が主流となったいま、もはや主砲を撃ち合う時代ではなく、戦艦という存在は姿を消しました。

しかし、1930年代当時はまだまだ戦艦が海軍の花形だった時代。戦艦こそが海軍力を示すバロメーターであり、世界に国力を誇示する上では欠かせない存在でした。世界各国は大艦巨砲主義のもと、大型戦艦の建造にしのぎを削っていきました。

  メモ大艦巨砲主義
19世紀末に世界各国で浸透していった、海戦は砲撃戦によって勝敗が決定し、射程・威力の高い砲を積んだ軍艦が勝利をもたらすという思想。
大和を始め、世界各国で大型戦艦が建造される契機となった。

しかし、航空機の進歩も著しいものがありました。

第一次世界大戦(1914~1918)では、木製で布張りの複葉機(翼が上下に二枚ある飛行機)が主力でしたが、1930年代には金属製で一枚翼のプロペラ機が各国の主力となっていきました。

爆弾を何トンも積める爆撃機も造られるようになり、さらにはジェット機という新たなカテゴリーも研究され始めます。

そのため、山本五十六のように先見の明がある者は「いずれ航空機が戦況を変える時代が到来し、海軍の主力も空母に移っていく」と考えていたのです。

そんな中、1939年にヨーロッパで第二次世界大戦が勃発。日本もアメリカとの関係が悪化していき、開戦は避けられないものとなります。

先制攻撃で敵の主力を叩くことが重要であると考えた山本は、空母6隻からなる機動部隊を編成し、アメリカ軍の主力艦隊が停泊しているハワイ真珠湾に向かいます。

そして、1941年12月8日、空母から発艦した航空機による爆弾や魚雷により、真珠湾に停泊中の軍艦を次々と沈め、奇襲攻撃を成功させます。

真珠湾攻撃は、空母の艦載機のみで敵艦を強襲するという前例のない作戦でした。

この攻撃で、アメリカは戦艦4隻といった太平洋における主力艦隊を一時的に失ってしまったのです。

宣戦布告前の攻撃であったため、無防備なアメリカが大損害を被るのは当然ですが、空母から発艦できるような小型の戦闘機でも戦艦を沈めることができるということが証明される出来事となり、日本と同じく大艦巨砲主義に心酔していたアメリカに強い衝撃を与えました。

山本は行動を持って、「航空機の優位性」を証明したのです。

しかし、真珠湾攻撃のとき、第一の攻撃目標であったアメリカ軍の空母群は運よく真珠湾を離れており、無傷でした。

空母の重要性を誰よりも知っていた山本は、空母を逃したことを痛手と感じていたことでしょう。とはいえ、こちらの空母に損害を出すわけにはいかないため、早々に真珠湾を後にします。

しかし、これらの逃したアメリカの空母たちが、後に日本に対して牙を向くことになるのです。

また、真珠湾攻撃から二日後には、マレー沖海戦が勃発。これは日本の航空隊とイギリス艦隊との衝突です。

この海戦でも、日本はイギリスの戦艦2隻を沈めます。

真珠湾のように停泊していて無防備な艦ではなく、作戦行動中の戦艦が航空機のみの攻撃で沈められたことは、イギリスにとって大きな衝撃でした。

ときのイギリス首相チャーチルは「第二次大戦で最も衝撃を受けたことは、マレー沖海戦で戦艦プリンス・オブ・ウェールズを失ったことである」と著書で語っています。

このような出来事から、航空機の重要性に気づかされたアメリカは、太平洋戦争が始めるとその高い工業力を背景に、空母を次々と建造し、戦場に送り出します。小型の空母も含めると、1週間に1隻は建造されていました。

そして、空母に収容できる大馬力のエンジンを積んだ戦闘機を次々と開発します。

皮肉にも、真珠湾攻撃やマレー沖海戦での勝利が、後に日本を苦しめる結果になりました。

空母は戦艦と比べると、建造コストが安く済み、航空機による偵察から攻撃、護衛までできるので、様々な任務で活躍できました。また、激戦地から離れた安全な場所から指揮を執ることで、被害を抑えることもできるという多くのメリットを含んでいました。

こうして、第二次世界大戦を境に、海の主役は段々と戦艦から空母に移っていきます。

空母の台頭後、戦艦は主に敵陣地への砲撃に利用されるようになりました。しかし、より遠くから確実に攻撃できるミサイルの発達により、戦艦の存在意義はより一層薄れていきました。

このような理由なら、20世紀後半にかけて各国の戦艦は次々と引退し、1991年の湾岸戦争後、アメリカのアイオワ級戦艦が引退したことにより、戦艦は完全に表舞台から姿を消すことになったのです。

まとめ

菅田将暉、舘ひろし主演の映画『アルキメデスの大戦』が公開されました。

邦画の歴史に新たな1ページを作ったと言える傑作です。日本アカデミー賞も期待したい出来栄えでした。

ぜひ世界的にも話題になってほしい作品ですね。

 

予告編